20240531
話題だったこともありなぜ働いていると本が読めなくなるのかを働きながら読んだ。題の問について自分の中では人の体力は限られているので単に働くことででそれを消費してしまっているからだと思っているが仮に過去の労働者はそうではないという事実があるとすればこれ以外の何らかの要素が作用しているはずでそのあたりのことを知りたいなと思っていた。
この問に対する著者の意見を要約すると「現代は人々が新自由主義を内面化した結果"ノイズ"を受け入れられなくなっているから」となるがこれは明らかに的を外しているように思える。まず"ノイズ"が2重の意で使用されている。
1つめはアンコントローラブルなものとしてで、これには読書の代替としてパズドラを挙げ、読書は知らないものを取り入れる作業のためアンコントローラブルであるのに対してパズドラは同じ体験の繰り返しなのでコントローラブルだと説明される。
2つめは直接的に不要な知識としてで、代替としてインターネットを挙げ、読書は不要な知識も含まれるのに対しインターネットは検索やフォローによって必要な情報のみ得ることができるのだと説明される。
パズドラは2つめの意味においては"ノイズ"だろうし、読書の代替として本命であるはずのSNS、Youtube、Tiktokが"ノイズ"でないことを全く説明できていない。
またその対策としての提案を"半身"という概念からあれこれ論じてはいるが結局のところ働くと本が読めないので働くのを減らそうという主張で実も蓋もない。