20250318

Posted on Mar 18, 2025

「幸福な監視国家・中国」を読んだ。

本書では1984的な冷戦期の社会主義国家における監視社会のイメージで語られがちな中国の監視社会はミスリードとして、それによるメリットを含め良くも悪くも的なスタンスな書かれ方。

前半と後半で著者が異なり、前半では中国の監視社会に纏わる信用スコアなどのテクノロジーとその社会実装の現状、後半ではその背後にある思想的あれこれについて論じられている。

メインの主張としては中国の監視社会化は独裁体制によるものではなくプライバシーを犠牲にしても利便性や安全性が向上するならよしという功利主義的な態度故であり、その論理で言えば社会実装へのスピード感は異なるにしろ監視社会化は日本含む西側諸国も他人事ではないというところ。これはなるほど。

アルゴリズムを実装していくうえで実際的にトロッコ問題などの価値判断をどうするべきかは悩ましいと思った。
このような価値判断こそ本書でいう"市民的公共性"が求められる場なのだろうなと思いつつ実際にこれらの個別的な事柄についてそれらの意見を集約し実装まで至ることができるようになるとは思えないので結局恣意的なアルゴリズムに多くをを委ねざるおえないよなという気はする。

この前読んだ成田悠輔の新刊22世紀の資本主義でも全てはデータ化されるというような話でこれには意図的なものかアルゴリズムによる規範を逸脱した場合のペナルティのようなネガティブな話はあまり出てこなかったが、世界観やモチベとしてはかなり近いように思う。この辺りはやっぱり印象論で語られがちで前者は受け入れられるものの"監視社会"ということばを使うと受け入れられないという人は多そうだなと思った。